赤沢自然休養林
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2015/10/28(14:13,14:13)
「赤沢自然休養林」の駐車場。
「赤沢(あかさわ)自然休養林」は、長野県木曽郡上松町にある林野庁中部森林管理局管轄の
国有林であり、林野庁の森林セラピー基地に指定されている。
樹齢300年を超える木曽ヒノキの天然林は、「赤沢美林」と呼ばれ、整備された公園には、
「森林資料館」「森林鉄道記念館」が建ち、公園の中央には森林鉄道が運行され、
周囲には8つの散策路が造られている。
本ページでは、先ず「赤沢森林鉄道」に乗り、公園最奥部の「丸山渡停車場」へと行き、
帰りは、「冷沢コース」から「駒鳥コース」、「ふれあいの道」を通り、駐車場までの
約1.9kmを歩いて戻った記録を紹介する。
左の写真は、上松町(北)の方向で、奥の建物は林業にまつわる歴史と資料等を展示する「森林資料館」。
右の写真は、「赤沢森林鉄道」の乗場などがある、公園中央(南)の方向である。
左の写真をクリックすると「赤沢自然休養林」のルートマップが表示されます。
このルートマップは、1,100x1,200ピクセルあります。
地図上の文字を読みたいときには、表示された画像をクリックし、スクロールバーをご利用下さい。
右の写真をクリックすると「保安林の目的と役割」の案内板(800x600)が表示されます。
なお、上松町観光協会のダウンロードページにある「赤沢森林自然休養林散策マップ(PDFファイル)」では、
歩くルートがより詳細に書かれていますので、是非参考にして頂ければと思います。
2015/10/28(14:14)
せせらぎの里「赤沢」。
食事処である。
2015/10/28(14:14)
「赤沢自然休養林」の標識。
「赤沢自然休養林」は、昭和57年(1982)に、
日本で初めての「森林浴大会」が開催されており、
左に立つ石碑には「森林浴発祥の地」と刻まれる。
なお、「赤沢美林」とも呼ばれる木曽の美しい森林を
構成するのは、民謡「木曾節」でも歌われる、「ヒノキ」
「サワラ」「ネズコ」「アスナロ」「コウヤマキ」の五種類の
常緑針葉樹林で、「木曽五木」と呼ばれている。
江戸時代の初期、森林の伐採が進み荒廃していた
山を保護するため、当時木曽の山を管理していた
「尾張藩」は、「木曽五木」を伐採禁止とした。
この結果、今の美しい山を取り戻したという。
2015/10/28(14:15)
「赤沢森林交流センター」。
休憩ロビーとトイレ。
写真展や木工作品展なども催される。
2015/10/28(14:15)
「御神木奉曳車」。
「御神木奉曳車」は、伊勢神宮で、20年に一度
行われる「弐式遷宮」において、御神体を収めるための
器となる材「御桶代木(みひしろぎ)」を採るための
木材「御神木」を載せて伊勢まで運ぶための台車で、
ここに展示されるのは、2/3の大きさで制作された
レプリカ(複製品)である。
写真をクリックすると「御神木奉曳車」の説明文が
表示されます。
この説明文は、900x1,200ピクセルあります。
説明文を読みたいときには、表示された画像を
クリックし、スクロールバーをご利用下さい。
2015/10/28(14:16)
「木曽森林鉄道記念碑」。
記念碑は、森林鉄道の乗場入口に立つ。
2015/10/28(14:17)
「森林鉄道記念館」。
記念館は、森林鉄道の乗場に隣接し、森林鉄道で
使われた車両の他、歴史的資料や写真を展示する。
写真左に写る車両は、「理髪車」。右は、作業員輸送用
に使われたというモーターカーであろう。
家族と離れ、合宿生活の営林署職員にとって、
家族の元に帰れる日が近づいた頃にやって来る、
「理髪車」の巡回は、何よりの楽しみであったという。
2015/10/28(14:17)
「待合室」。
森林鉄道の客車が使われ、中には当時の写真などが
展示される。
2015/10/28(14:18)
赤沢森林鉄道「乗車券売場(改札)」。
「鉄道記念館」から「丸山渡停車場」までの、
片道1.1kmを約10分、折り返し時間を含め往復25分。
季節により、30分か1時間間隔で運行されている。
木片の乗車券は、記念に持ち帰ることができる。
写真をクリックすると「木片の乗車券」が
表示(450x450)されます。
2015/10/28(14:19)
「ボールドウィン号」。
「森林鉄道記念館」の展示車両の一つである。
大正5年(1916)から昭和35年(1960)までの間、
木材運搬に活躍したアメリカ製の蒸気機関車。
写真をクリックすると拡大写真(600x450)が
表示されます。
2015/10/28(14:24)
「赤沢森林鉄道」。
14時30分発の列車が駅に入ってきた。
列車を曳くのは、小型のディーゼル機関車である。
赤沢森林鉄道は、保存鉄道として周遊運行のため、
運賃は、往復(周遊)のみである。「丸山渡停車場」で
降りて、帰りを歩くことはできるが、運賃は往復と同じ。
また、「丸山渡停車場」から乗車することはできない。
2015/10/28(14:26)
「赤沢森林鉄道」の客車。
客車は、オープントロッコである。
冬は寒そうだが、雪深い「木曽」での運行期間は、
春のゴールデンウィークから11月上旬までであり、
寒い冬期には運行していない。
2015/10/28(14:26)
「森林鉄道記念館」。
最盛期の「木曾谷」には、森林鉄道が57線、
その総延長は、428kmにも及んだという。
記念館では、その歴史的資料の他、平成天皇が
皇太子時代に、お乗りになられたという「貴賓車」や、
当時使用されていた、小型のディーゼル車、
モーターカー等も展示されている。
2015/10/28(14:28)
「皇太子殿下・皇太子妃殿下公拝記念樹」。
昭和53年(1978)、平成天皇が皇太子時代に
「赤沢自然休養林」を訪れた時の記念樹。
写真をクリックすると拡大写真(450x600)が
表示されます。
2015/10/28(14:32)
14時30分、列車は「丸山渡停車場」に向け出発。
進行方向右には、車いすでも森林浴を楽しむことが
できる、バリアフリーの遊歩道「ふれあいの道」。
2015/10/28(14:33)
「アスナロ橋」を通過。
「ふれあいの道」から左に分岐するのは「駒鳥コース」。
帰りは、この道を歩きます。
なお、この写真では不明確だが、転車台を持たない
「赤沢森林鉄道」では、「丸山渡停車場」に向かうとき、
先頭のディーゼル車は、後ろ向き(バック)で列車を
引っ張っている。
2015/10/28(14:33)
「ふれあいの道」の休憩所(東屋)を通過。
2015/10/28(14:37)
「丸山渡停車場」に近づく。
2015/10/28(14:40)
「丸山渡(まるやまど)停車場」に到着。
「丸山渡停車場」で降車はできるが、乗車はできない。
2015/10/28(14:41)
「ディーゼル車」の付け替え。
「丸山渡停車場」に向いて先頭に付いていた
ディーゼル車を「森林鉄道記念館」側に付け替え、
帰りは、前を向いて列車を引っ張る。
2015/10/28(14:41)
「丸山渡停車場」。
「丸山渡停車場」で下車。写真右下に写る踏切を渡り、
「冷沢コース」を歩く。
写真をクリックすると拡大写真(600x450)が
表示されます。
2015/10/28(14:41)
「冷沢(ひやしさわ)コース」の入口。
「本谷橋」までは、廃線となった線路の上を歩く。
2015/10/28(14:42)
「冷沢コース」入口付近に置かれる車両。
車両に関する案内板などはないので、展示ではなく、
放置されているという感じであった。
2015/10/28(14:43)
昭和61年「仮御樋代木伐採跡」。
「冷沢コース」に入ると、すぐ右側にある。
「仮御樋代木」とは、「弐式遷宮」において「遷御
(旧殿から新殿に遷られる)」の際、一時的に御神体を
納める器の御用材とするために伐採した木のこと。
写真をクリックすると「仮御樋代木伐採跡」が
表示(600x450)されます。
2015/10/28(14:44)
廃線となった線路の上を歩く。
2015/10/28(14:45)
前方左に「本谷橋(ほんたにばし)」。
2015/10/28(14:46)
「本谷橋」を渡る。
2015/10/28(14:46)
「本谷橋」から下流側を撮る。
橋の下を流れるのは「道川(どうがわ)」。
川の左岸は、今歩いてきた廃線路。
2015/10/28(14:46)
「冷沢コース」の案内板。
案内板には、鐘がぶら下がる。
「冷沢コース」は、「丸山渡停車場」から「椹窪」までの
740mである。「椹窪」から先は、「駒鳥コース」か
「上赤沢コース」を歩き、駐車場へと戻ることができる。
写真をクリックすると「冷沢コース」の
案内板(800x600)が表示されます。
2015/10/28(14:48)
「冷沢峠」まで210mの間は、登坂が続くが、
傾斜は緩い。
2015/10/28(14:51)
「冷沢峠」。
案内板には、この辺りは「ヒノキの巨木が林立する
区域」とある。
写真をクリックすると「峠周辺の天然林」の
案内板(800x600)が表示されます。
2015/10/28(14:53)
「冷沢峠」の先は、下り坂となる。
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