兼六園
(霞ヶ池、栄螺山、山崎山他)

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2012/5/8(9:50)
「霞ヶ池」。
兼六園のほぼ中央にあり、園内で一番大きな
池である。池に浮かぶ水亭は、「内橋亭」。
写真をクリックすると拡大写真(600x450)が
表示されます。
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2012/5/8(9:53)
「雁行橋」。
「雁」が夕空に列をなして飛んでいく様子から、
「雁行橋」と呼ばれる。
橋は、11枚の赤戸室石で造られ、石の一枚一枚
が亀の甲の形をしていることから、「亀甲橋」
とも呼ばれ、この橋を渡ると長生きするといわれ
たが、現在は石の磨耗が著しいため、通行禁止に
なっている。
写真をクリックすると拡大写真(600x450)が
表示されます。
2012/5/8(9:54)
「唐崎松」。
第13代藩主「前田済泰(1822~1866)」が、
琵琶湖の松の名所「唐崎」から種を取り寄せて
育てたといわれる。
園内で最も枝振りの見事な黒松であり、
冬の「雪吊り」が行われることでも知られる。
写真をクリックすると拡大写真(600x450)が
表示されます。
2012/5/8(9:58)
「眺望台」から見る景色。
園内で北東の位置にあり、左方向に見えるビル群は「金沢駅」東側の市街地である。
2012/5/8(9:55)
「姫小松」。
樹齢500年といわれた、初代「姫小松」は、
園内一の枝振りといわれたが、台風の被害と
老衰により、平成7年に伐採され、写真に大きく
写るのは二世である。初代「姫小松」の主幹の
一部は、二世の右下に残っている。
2012/5/8(10:00)
「水道の遺構」。
園内を流れてきた「辰巳用水」が、ここから
逆サイフォンの原理で「金沢城 二の丸」へ
導かれた水道の遺構とある。
写真をクリックすると別の角度から見る
「水道の遺構」(600x450)が表示されます。
2012/5/8(10:01)
「徽軫灯籠」と「虹橋」。
「兼六園」のシンボルともいわれる「徽軫灯籠
(ことじとうろう)」は、脚が琴の糸をささえる
琴柱(ことじ)に似ているので、その名が付いた
といわれる。
「虹橋」は、「赤戸室石」の反橋で、
長さ4.99m、幅1.1m、厚さ30㎝の
一枚橋。
琴の形のように緩やかな曲線を描いていること
から、「琴橋」とも呼ばれている。
写真をクリックすると「徽軫灯籠」の拡大写真
(450x600)が表示されます。
2012/5/8(10:02)
「虹橋」から見る「霞ヶ池」。
2012/5/8(10:03)
「虎石」。
虎が前足を低くして吠える姿に似ることから、
「虎石」の名が付けられたといわれ、「兼六園」
を守護する「魔除けの石」の一つである。
写真をクリックすると「虎石」の拡大写真
(600x450)が表示されます。
2012/5/8(10:06)
「栄螺山」の「三重宝塔」と「避雨亭」。
「栄螺山(さざえやま)」は、「霞ヶ池」を
掘ったときの土を盛り上げて造ったといわれる。
写真の「三重宝塔」は、「栄螺山」の山頂に
あり、高さ6.5m。第12代藩主「前田斉広」
を供養するために建立されたといわれる。
「三重宝塔」の右下に小さく写る傘を広げた形の
「御亭(おちん)」が「避雨亭(ひうてい)」。
2012/5/8(10:20)
「明治記念之標」。
明治10年(1877)西南の役で戦死した将兵を
祀った記念碑で、奥に写る身長5.5mの
「日本武尊像」は、人物を模した大きな像と
しては、日本最古の銅像といわれる。
2012/5/8(10:22)
「根上松(ねあがりまつ)」。
「根上松」は、13代藩主・斉泰(なりやす)が、
土を盛り上げて若松を植え、根を深く土で覆い、
成長後に土をのぞいて根をあらわにしたものだと
伝えられ、大小40数本もの根が地上2mにまで
せり上がる。
写真をクリックすると根の部分が拡大表示
(600x450)されます。
2012/5/8(10:23)
「花見橋」。
「花見橋」から見る「桜」、「ツツジ」、
「カキツバタ」等の花は見事という。
橋の下を流れる「辰巳用水」は、寛永9年(1632)
「金沢城」の堀の水や、防火用水として、
約11km離れた「屑川」の上流から引かれたと
いう。
2012/5/8(10:25)
「竜石」。
石の形が「龍」に似ていることから「竜石」と
呼ばれるという。
写真をクリックすると「竜石」の拡大写真
(400x300)が表示されます。
2012/5/8(10:27)
「山崎山」の坂。
昔、この付近一帯を「山崎の荘」と呼んでいた。
また、「カエデ」等が多いので「紅葉山」とも
呼ばれているとある。
2012/5/8(10:27)
「御室(おむろ)の塔」。
「山崎山」山頂近くにある。
京都の「御室御所(仁和寺)」の塔を模したと
ある。
2012/5/8(10:29)
「山崎山」の山頂。
この後、10時43分「桂坂口」に戻る。

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