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2010/5/28(13:20) 正面から見る「本堂」。 身延山久遠寺(正式名:身延山妙法華院久遠寺) は、「いづくにて死に候とも墓をば身延の沢に せさせ候べく候。未来際までも心は身延山に住む べく候」との「日蓮大聖人」の御遺言により、 身延山を日蓮宗の総本山、法華経の根本道場と して今日に至る。 この「本堂」は、敷地面積970坪、間口32m 奥行51m。一度に2,500人の法要を奉行 でき、堂内には、加山又造画伯による大天井画 「墨龍」が描かれている。 |
2010/5/28(13:21) 「祖師堂」。 日蓮聖人の神霊を祀る。 |
2010/5/28(13:21) 「報恩閣」。 信徒の「総受付」と「休憩所」が設けられている。 |
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2010/5/28(13:23) 「拝殿」。 「拝殿」の奥には、「御真骨堂」があり、 日蓮聖人の「御真骨」が安置される。 |
2010/5/28(13:24) 「納牌堂」。 全国の信徒の先祖の遺骨を安置する。 この南側にある、「釈迦殿・新納牌堂」とは 地下通路により結ばれている。 |
2010/5/28(13:24) 「仏殿」。 朝、昼、夕方の勤行と特別法要を営む。 |
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2010/5/28(13:27) 「仏殿・納牌堂(上右2枚と同じ建物を正面から撮影)」。「仏殿」の左右に「納牌堂」がある。 パノラマ写真合成上、魚眼レンズで撮影したようにゆがんでいるが、イメージはお分かりいただけるであろう。 |
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2010/5/28(13:26) 「枝垂桜」。 樹齢400年を超えるといわれ、「全国枝垂桜 10選」にも選ばれている。 また、「久遠寺」の周辺には、樹令数百年を超え る銘木が随所に点在し、お花見シーズンは大変な 人出だそうである。 |
2010/5/28(13:28) 「大客殿」。 |
2010/5/28(13:29) 「法喜堂」。 説明板には「寺務所・職員寮・学生寮・台所等が あり、『庫裏』といわれるところ」とあった。 |
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2010/5/28(13:31) 「時鐘」。 初期のものは、昭和27年に焼失。その後、再建 されたものだが、「梵鐘」は、延宝8年 (1680)に鋳造され、「三十一世日脱上人」 の鐘銘があるとのこと。 |
2010/5/28(13:32) 「甘露門」。 明治元年に再建されたもの。法華経には、 「能く甘露の門を開いて広く一切を度す」とも 「大慈悲を以って広く甘露の門を開く」などと あり、「この門を入って法華経の法益を得せ しむる」の意味で名づけたとある。 |
2010/5/28(13:43) 「三門」。 三門とは、「三解脱門」を意味し、空・無相・ 無願を経て、涅槃の境地に至る仏教の摂理を 表している。 間口23m、奥行き9m、高さ21mの総欅造り で、京都の知恩院、南禅寺の門と共に日本三大門 に数えられている。 ここが、登山道の始点(1丁目)である。 |
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2010/5/28(13:46) 「菩提梯」。 寛永9年(1632)、佐渡の信者、「仁蔵」の 発願により完成。高さ104m。石段の数は、 287段。「南無妙法蓮華経」の7字になぞら えて、7区画に分けられている。 「菩提梯」とは、「悟りにいたる梯」のことで、 「この石段を登り切れば、涅槃の本堂に達する」 ことから、「覚りの悦びが生ずる」ことを意味 するとのこと。 なお、287段の石段を登り切れば、「本堂」前 の広場である。 |
2010/5/28(13:48) 「南部實長公銅像」。 日蓮聖人は、文永11年、領主「南部實長公」の お招きにより、身延の山に入られる。 「南部實長公」は、日蓮の有力壇越(布施をする 人)として知られ、身延山を中心とした十三里 四方を「日蓮聖人」に、ご寄附されたとある。 |
2010/5/28(13:49) 登りながら見る「菩提梯」。 傾斜が急で、一つ上の区画が見えない。 一段目に足を掛けたとたんに「うんっ。何か いつもと違うぞ」と感じた。 いつも一段一段を疲れないように、ゆっくりと 歩くのだが、この石段は、一段の高さ/幅/傾斜 等の全てが疲れるようにできているようだ。 このため、ゆっくり歩いても疲れるのである。 山道なら一段一段が異なるため、中には楽な段も あるが、この石段は、全ての段が、この調子であ る。変な言い方だが「わざわざ、疲れるように、 考え抜かれ、作られた石段」とでも言いたくなる 287段であった。 |