やきもの公園

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2013/10/1(13:51,13:52)
「やきもの公園」入口に立つ2つのモニュメント。
「やきもの公園」は、JR佐世保線「有田駅」から南南東に約5.5kmの長崎県東彼杵郡波佐見町にある。
焼き物と言えば、「有田焼」や「伊万里焼」が有名だが、巨大な連房式登窯で大量に焼かれる「波佐見焼」は、
江戸時代は、「伊万里焼(後には有田焼)」の名で全国に販売され、染付磁器の生産量は日本一であったという。
左の写真は、「第50回波佐見陶器まつり」を記念して立てられたモニュメントで、「やきものの町 波佐見」とある。
この「波佐見陶器まつり」は、現在でも、毎年春のゴールデンウィークに合わせ開催されている。
右の写真は、「碗」を12個重ねた塔を中央に、これを包むパネルには、町内の古窯跡の陶片を年代の古いもの
から順に下から上へと貼り付けてある。
左の写真をクリックすると「波佐見陶器まつり第50回記念モニュメント」の碑文(600x600)が表示されます。
右の写真をクリックすると「パネル」の左部分が拡大表示(600x450)されます。
2013/10/1(14:00)
「やきもの公園」。
下の広場は、「波佐見陶器まつり」の会場となる。
写真の小高い丘の上は、本ページで紹介する「世界の
窯広場」である。
また、道路の反対側には、見学無料の
「波佐見町陶芸の館」等もある。
【補足】
「伊万里」にも、焼き物の窯はあったが、焼き物の主な産地は、佐賀県有田町を中心とする「肥前国(現代の佐賀県および長崎県)」であり、そこで生産された「有田焼」、
「三川内焼」、「波佐見焼」等が、港のある「伊万里」に集まり、日本各地や海外に出荷された。これらを消費地では「伊万里焼」と呼んでいたという。
明治になり、鉄道の駅が「有田」にできると、「波佐見」で作られた焼き物は「有田」に集められ、「有田焼」として全国に出荷されるようになる。
「波佐見焼」の名前は、「伊万里焼」「有田焼」の陰に隠れるが、その歴史は古く、大村藩主「大村喜前」が朝鮮の役から帰国するときに、朝鮮陶工の「李祐慶」を招聘。
この「李祐慶」が、慶長4年(1599)、「畑ノ原」に朝鮮式連房登窯を築いて陶器を焼いたたのが始まりといわれ、現在、高値で取引される「古伊万里」の中にも、
「波佐見」で焼かれたものがあるという。
2013/10/1(14:01)
「世界の窯案内図」。
「世界の窯広場」の地図が描かれ、この案内板も
陶器で作られている。
写真をクリックすると「世界の窯案内図」が
拡大表示されます。
この案内図は、1,280x850ピクセルあります。
案内図の文字を読みたいときには、表示された画像を
クリックし、スクロールバーをご利用下さい。
2013/10/1(14:03)
「角型石炭窯」の煙突。
「世界の窯広場」への階段を上がるとすぐ左にあり、
煙突には「やきもの公園 世界の窯」と書かれる。
2013/10/1(14:03)
「角型石炭窯」。
石炭を焚く、倒炎式の窯で、昭和45年(1970)頃まで、
波佐見で最も多く使われていたとある。
写真をクリックすると「角型石炭窯」の
案内板(600x450)が表示されます。
2013/10/1(14:04)
「角型石炭窯」。
2013/10/1(14:05)
「上絵窯」。
中国の「赤絵(上絵)」が日本で焼かれるようになって
から、電気窯に変わるまでの間使われたとある。
中釜が二重構造になっているため、炎が器物に触れず、
熱だけが伝わるという。
写真をクリックすると「上絵窯」の
案内板(600x450)が表示されます。
2013/10/1(14:06)
「ボトルオーブン」。
イギリスで、18世紀の中頃から使用されていた、
昇炎式の石炭窯とある。
写真をクリックすると「ボトルオーブン」の
案内板(600x450)が表示されます。
2013/10/1(14:06)
「ボトルオーブン」の中。
窯の外側を煉瓦の小屋で覆っており、投炭作業は
この中で行うという。
2013/10/1(14:07)
「赤煉瓦の窯(囲い窯)」。
「赤煉瓦」を焼く窯で、中国の田舎で見られるとある。
写真をクリックすると「赤煉瓦の窯(囲い窯)」の
案内板(600x450)が表示されます。
2013/10/1(14:09)
「トルコ キタヒヤの窯」。
トルコで現在も使用されている倒炎式の薪窯とある。
写真をクリックすると「トルコ キタヒヤの窯」の
案内板(600x450)が表示されます。
2013/10/1(14:09)
器物の出し入れを行うための穴。
「トルコ キタヒヤの窯」では、器物の出し入れを上部の
穴から行うという。
2013/10/1(14:11)
「龍窯(蛇窯)」。
中国で、約3000年前から使われ、改良されてきた。
斜面を利用した縦長の窯とある。
写真をクリックすると「龍窯(蛇窯)」の
案内板(600x450)が表示されます。
2013/10/1(14:18)
「龍窯」横の穴。
薪を投げ入れる穴は、左右に数多くあるというので、
上に連続する穴が、薪を投げ入れる穴であろう。
写真の大きな穴は、器物の出し入れを行う穴か?。
2013/10/1(14:12)
「野やきの祭壇」。
古代人は、乾燥させた器物の上下を、木や草、羊の糞
などの燃料で挟み、その燃料を燃やし土器を作った
という。
2013/10/1(14:13)
「オリエントの窯」。
古代エジプトやペルシャなどで古くから使用されている
円筒形の窯とある。
写真をクリックすると「オリエントの窯」の
案内板(600x450)が表示されます。
2013/10/1(14:14)
「磚の窯」の上部。
中国の万里の長城などで使われている黒い煉瓦
「磚(せん)」を焼く窯とある。
写真をクリックすると「磚の窯」の
案内板(600x450)が表示されます。
2013/10/1(14:14)
「磚の窯」の上部。
22013/10/1(14:16)
「磚の窯」の下部。
013/10/1(14:16)
「磚の窯」の窯の中。
2013/10/1(14:15)
「穴窯」。
山の傾斜地に穴を掘った窯で、中国、朝鮮半島に
見られ、日本にも伝わる。古墳から発掘される「須恵器」
は、この「穴窯」で焼かれたものとある。
写真をクリックすると「穴窯」の
案内板(600x450)が表示されます。
2013/10/1(14:18)
「景徳鎮の薪窯」。
中国の「景徳鎮」で、10世紀頃から使用されている
窯で、大量の薪を使い短い時間で、焼成させたとある。
写真をクリックすると「景徳鎮の薪窯」の
案内板(600x450)が表示されます。
2013/10/1(14:19)
「蓮房式登り窯」。
中国、朝鮮半島を経て日本に導入された薪釜で、
波佐見、有田の磁器や、唐津等の陶器も、この形式の
登り窯で焼成されたとある。
写真をクリックすると「蓮房式登り窯」の
案内板(600x450)が表示されます。
2013/10/1(14:21)
「角型石炭窯」の横から見る「世界の窯広場」。

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