埋没鳥居&昭和溶岩地帯

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2011/6/1(16:53)
「腹五社神社」の入口。
「埋没鳥居」は、「桜島」の東側、黒神地区に
ある「腹五社神社」の鳥居である。

2011/6/1(16:53)
「埋没鳥居」の説明版。
「埋没鳥居」は、大正3年の桜島大噴火による、
火山灰で高さ約3mの鳥居が、上部だけを残して
埋没したが、時の村長「野添八百蔵」は、爆発の
猛威を後世に伝えるため、埋没した鳥居発掘の
中止を指示。鳥居は当時のまま現在に残され、
昭和33年(1958)県の文化財に指定されている。
写真をクリックすると、説明板が拡大表示
されます。

2011/6/1(16:54)
「埋没鳥居」。
上部の「笠木」だけを残し、下は埋没している。
この大噴火では、黒神地区の全戸が火山灰に
埋没したという。
また、「桜島」が「大隅半島」と陸続きになった
のも、大正3年の桜島大噴火での溶岩流出による
ものである。

2011/6/1(16:58)
「腹五社神社」。
2011/6/1(16:59)
「腹五社神社」側から見る「埋没鳥居」。
鳥居の右にある木は、クワ科イチジク属の
「アコウ」。
2011/6/1(17:05)
「昭和溶岩地帯」。
「埋没鳥居」から北に500m程の場所に、
「昭和溶岩地帯」の展望台がある。
2011/6/1(17:05)
昭和21年の噴火について書かれた説明版。
昭和21年の噴火は、爆発の規模はあまり大きく
なかったのだが、溶岩の流出量が多く、海上
2,00mにまで達し、黒神地区は全滅したと
ある。
写真をクリックすると、説明板が拡大表示
されます。
2011/6/1(17:07)
展望台の下は、「待避壕」となっている。
最初は、「雷」の音かと思ったのだが、こうして
いる間にも、何度か「ドーン」という轟音が
桜島(御岳)の方向から聞こえていた。
2011/6/1(17:10)
「昭和溶岩地帯」の展望台付近から見る
海側の景色。
2011/6/1(17:08)
「昭和溶岩地帯」の展望台付近から見る山側の景色。

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