三嶋神社

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2017/5/11(10:35,10:36)
「三嶋神社」の鳥居と「神幸橋」。
「三嶋神社」は、雲の上の町とも呼ばれる「梼原(ゆすはら)」の町役場から
北に450m程歩いたところにあり、延喜19年(919)、津野山郷の開祖「津野経高」は、
この地を「梼原」と名付け、居城を築くと共に伊豆(静岡県)より「三嶋大明神」を
勧請したのが始まりで、慶応4年(1868)に「三嶋神社」と改称。
毎年、秋に奉納される「津野山神楽」は、国の重要無形民俗文化財に指定されている。
「神幸(みゆき)橋」は、国道440号線と「三嶋神社」の間を流れる「梼原川」に架かる橋で、
右の写真は「梼原川」の左岸下流(南)側から撮影。
左の写真をクリックすると「三嶋神社」の案内版(800x600)が表示されます。
右の写真をクリックすると「神幸橋」の案内版(450x650)が表示されます。
2017/5/11(10:37)
「神幸橋」。
「神幸橋」は、周辺景観を配慮した屋根付きの
木造橋で、橋脚は自然石で覆われる。
「梼原川」左岸の上流(北)側から撮影。
写真をクリックすると拡大写真(600x450)が
表示されます。
2017/5/11(10:37)
入口(左岸)正面から見る「神幸橋」。
「坂本龍馬」は、脱藩の時に、この道を通り、
三嶋神社の大祭「御神幸(おみゆき)祭り」の
行列は、この橋を渡る。
写真をクリックすると拡大写真(600x450)が
表示されます。
2017/5/11(10:38)
「神幸橋」を渡る。
小部材を組み合わせる(トラス形式)ことにより、
木材劣化時等の部材交換を容易にしたという。
写真をクリックするとレンズを上に向けて撮る
写真(600x450)が表示されます。
2017/5/11(10:38)
橋の「張り出し」部分。
橋中央の左右にある「張り出し」には、
「ベンチ」が設けられている。
写真をクリックすると拡大写真(450x600)が
表示されます。
2017/5/11(10:39)
「二の鳥居」。
「神幸橋」を渡ると、正面に「二の鳥居」。
鳥居手前を左に進むと「坂本龍馬脱藩の道」。
2017/5/11(10:39)
「坂本龍馬脱藩の道」の標識。
2017/5/11(10:39)
「三嶋神社」。
本殿は、享和3年(1803)。
拝殿は、明治23年(1890)に再建されている。
写真をクリックすると拡大写真(600x450)が
表示されます。
2017/5/11(10:41)
「三嶋神社」境内にある「土俵」。
2017/5/11(10:41)
「三嶋神社」の「ハリモミ」。
通称「朝鮮松」といわれ、文禄元年(1592)、
「津野親忠」と「中平左京之亮光義」が
朝鮮遠征から持帰り植栽したと伝わる。
写真をクリックすると拡大写真(450x600)が
表示されます。
2017/5/11(10:41)
「三嶋神社」の境内。
写真左に、「土俵」と「ハリモミ」。
右に、「拝殿」と「本殿」。

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