内子座

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2012/9/28(15:53)
「内子座」への道。
「内子座」は、愛媛県喜多郡のJR「内子駅」の
近くにある。
写真は、一見住宅街の中だが、「内子座」の
幟が立ち、写真奥の左に「内子座」がある。

2012/9/28(15:22)
「内子座」。
「内子座」は、現在でも歌舞伎や文楽の上演が
行われる他、コンサート、お芝居、芸能発表会
等で、年間30~60日は利用されている、
現役の芝居小屋である。
大正時代に建てられた建物は老巧化により、
昭和60年(1985)に復元されている。
写真をクリックすると「内子座の由来」が
表示(800x500)されます。

2012/9/28(15:25)
「内子座」の舞台等。
「内子座」は、花道、すっぽん、回り舞台、
せり等を備えた本格的な歌舞伎劇場である。
舞台上の扁額には「芸於遊」と書かれている。
なお、公演などで使用されていない時には、
内部を有料で見学することができる。
この見学では、公演中にはできない、
「奈落」の中に入ったり、舞台の上を
歩いたりすることができる。

2012/9/28(15:26)
「花道」から「東桟敷席」の方向を撮る。
升席は、後ろの人でも見えるように、傾斜して
いるのが分かる。
「東桟敷席」と「升席」の間には、
当時の株主さんたちの専用席であった「本家席」
がある。
また、天井下に掲げられる古い看板は、
当時の株主さんのお店の看板だという。
2012/9/28(15:27)
「すっぽん」。
「すっぽん」は、花道の七三の位置にある切穴の
事で、忍術使いや妖怪のたぐいが、この穴から
せり上がるという。
2012/9/28(15:27)
「升席(平席)」。
当時は、升単位で売られ、升の中には何人でも
座ってよかったというが、現在では、中央の
しきりをはずし、2升で5~6人の椅子席と
なっている。
「2階席」等を含めた「内子座」全体の定員は、
650名である。
2012/9/28(15:27)
「迫り(せり)」と「回り舞台」。
「迫り」は、舞台の床の一部を切り、俳優や
大道具を奈落から押し上げるための装置。
「内子座」の「回り舞台」は、直径が8.2m
ある。
2012/9/28(15:30)
「奈落」。
「奈落」は、舞台や花道の床下の総称。
「奈落の底に落ちる」という言葉は、公演中に
舞台下で明かりを灯すことは許されず、「奈落」
の中は真っ暗であったため、これを「地獄」に
見立てたという。
写真をクリックすると「内子座の奈落」の説明が
表示(800x400)されます。
2012/9/28(15:31)
「迫り(せり)」の木組み。
写真右の木造の装置であり、これは現在でも
男性6名が人力で迫り上げるという。
2012/9/28(15:32)
「回り舞台」を回すための力棒。
現在は、電動化され人力で回すことは
ないようだ。
2012/9/28(15:33)
「すっぽん」の模型。
この上に、忍術使いや妖怪の役が乗り、人力で
持ち上げる(迫り上げる)のであろう。
2012/9/28(15:35)
「大向(おおむこう)」から見る舞台。
「大向」は、2階正面の客席のことで、料金が
安く、常連や劇通が多く通ったため、「大向を
うならせる」というのは、芝居が上手くいった
ときのことをいうそうである。
2012/9/28(15:35)
「大向」から見る「西桟敷席」。
1階「西桟敷席」と「升席」の間が「花道」。
2012/9/28(15:36)
2階「東桟敷席」。
1列目が「座布団席」、2、3列目が「椅子席」
になっている。
2012/9/28(15:37)
2階「東桟敷席」から見る舞台。
2012/9/28(15:37)
東側階段上に飾られた「公演案内」?。
正面は、「公演」の宣伝ポスターのようで、
左は、「暖簾」のように見えるが、詳細は不明。
2012/9/28(15:38)
「内子座」の展示物。
左側の展示物には、「根太」「上枠」「下枠」
「束」「梁」等と書かれ、大正時代に建てられた
建物の一部と思われる。
右端に写るのは「三味線立て」と書かれている。
2012/9/28(15:38)
「内子座」の展示物。
「下駄」「尻ひき(合引)」「三味線」等が
展示されている。
2012/9/28(15:39,15:39)
「内子座」の展示物。
「回り舞台の車」「焼ごて」「拍子木」「大正時代のホッチキス」「囃子用の鉦」等が
展示されている。
2012/9/28(15:41)
「内子座」の入口(玄関)を入った所の通路。
写真奥の左側に入口(玄関)。通路の右側には、
「内子座」のお土産品などが並ぶ。
2012/9/28(15:41,15:41,15:42)
「内子座」のお土産品等。
公演のポスターやパンフレット、内子町の観光絵葉書などが並ぶ。
中央の写真に写る「太鼓」は、建物の大屋根にある「櫓」で叩いていた「櫓太鼓(触れ太鼓)」とある。
注:「櫓太鼓」は、売り物ではない。
2012/9/28(15:42)
1階「西桟敷」。
公演時には「椅子席」になるようである。
2012/9/28(15:43)
「法被」。
舞台袖に置いてあった。
「内子座」とあり、公演時に小屋の関係者が着る
制服であろうか?
2012/9/28(15:44)
舞台真上の「天井」。
照明が取り付けられ、雪の場面などでは、
この上から降らせるのであろう。
2012/9/28(15:46)
「内子座」の中庭。
「西桟敷席」の外にある。
2012/9/28(15:51)
「招き狐」。
建物正面の屋根に飾られている。
「招き猫」でないのは、周辺では稲荷信仰が多い
ためという。
「招き狐」の後ろに建つのが「太鼓櫓」で、
興業を知らせるための「太鼓」は、
ここで叩かれたという。
2012/9/28(15:52)
帰りに振り返る「内子座」。
このページでは紹介できなかったが、
天井の照明や2階客席後ろのガラスは、
当初建てられた大正時代のものが
使われているという。
まだまだ、知らないことが沢山出てきそうな、
芝居小屋である。

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