神倉神社
(ゴトビキ岩)

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2019/4/24(7:42,7:42)
「神倉神社」の駐車場と駐車場前から見る「神倉神社」の入口。
「神倉神社」は、「熊野三山」の一つとして知られる「熊野速玉大社」の摂社で、
「熊野速玉大社」から概ね1.1km南に離れた、「権現山(神倉山)」の中腹にある。
「権現山(神倉山)」は、熊野大神が熊野三山として祀られる以前に降臨された聖地とされ、
社殿を持たない、原始信仰、自然信仰の時代に、神を「磐座」に祀っていた「神倉神社」を「元宮」。
その麓に社殿を建てて、神々を祀った「熊野速玉大社」は「新宮」と呼ばれたという。
御神体は、538段の石段を登り詰めた「天ノ磐盾」という峻崖の上にある「ゴトビキ岩」。
毎年2月6日の夜に執り行われる奇祭「お燈祭」は、白装束に荒縄を締めた約2,000人の
「上り子(のぼりこ)」と呼ばれる男子群が、御神火を移し、燃えさかる「松明」を手に、
急勾配の「鎌倉式石段」を駆け下る、勇壮な火祭りとして知られる。
左の写真、第1駐車場のスペースは、7台分程だが、近くには13台が駐められる第2駐車場もある。
右の写真、道路右側は、「神倉小学校」。赤い橋の手前には、「神倉山とお燈祭り」の案内板が立つ。
右の写真をクリックすると「神倉山とお燈祭り」の案内板(800x650)が表示されます。
2019/4/24(7:43)
「世界遺産」の碑。
「神倉神社」の境内地は、国の史跡「熊野三山」
の一部であり、ユネスコの世界遺産「紀伊山地の
霊場と参詣道」の一部としても登録されている。
2019/4/24(7:43)
「社務所」。
「神倉神社」は、「熊野速玉大社」の境外社の
扱いのため、神職は常駐しない。
このため、「神倉神社」の、御神札や御朱印は、
「熊野速玉大社」で授与している。
写真をクリックすると「神倉神社」の由緒などが
書かれた案内板(800x600)が表示されます。
2019/4/24(7:44)
「神武天皇紀」。
石碑には、神武天皇紀(日本書紀)に記される、
「熊野の神邑(みわのむら)に到り、天磐盾
(あまのいわだて)に登る」という一節が
刻まれる。
2019/4/24(7:44)
麓の「鳥居」。
知らぬ人は、鳥居の手前から始まるこの坂を
見ただけで怖じ気づいてしまう程の急坂である。
「熊野速玉大社」のHPにある「摂社神倉神社」の
ページには、「神倉神社の石段は急勾配なので、
御年配の方は下の鳥居でご参拝下さい」。
また、「飲酒者や踵の高い靴での登拝は、
危険防止上、お止め下さい」とある。
写真をクリックすると縦に撮る写真(450x600)が
表示されます。
2019/4/24(7:46)
「鎌倉式石段」。
仰ぎ見るような自然石の「鎌倉式石段」は、
538段。
「源頼朝公」の御寄進と伝わる。
「鳥居」を潜り抜けた、すぐ先の右側には、
女坂の入口があるのだが、この日は全く
気付かずに通り過ぎていた。
2019/4/24(7:48)
石段の途中で、下を振り返る。
写真をクリックすると拡大写真(450x600)が
表示されます。
2019/4/24(7:48)
石段の途中で上の方向を撮る。
写真をクリックすると拡大写真(450x600)が
表示されます。
2019/4/24(7:50)
ほぼ中間にある広場。
広場の奥には、「火神社」と「中ノ地蔵堂」。
広場の脇には、「女坂」の標識があり、
麓の「鳥居」の先から「女坂」を登ると、
この広場に出るようだが、確かなことは
未確認である。
2019/4/24(7:50)
中間の広場から、下を振り返る。
急坂のため、石段は、少し先までしか見えない。
2019/4/24(7:52)
中間の広場から上の方向を撮る。
広場から先、傾斜は緩むものの、石段は続く。
写真をクリックすると拡大写真(600x450)が
表示されます。
2019/4/24(7:55)
「千穗ヶ峯(標高253m)」への分岐。
標識には、「千穂ヶ峯 登山口」とある。
写真をクリックすると「千穂ヶ峯(千穂ヶ峰)」に
ついて書かれる案内板(800x600)が表示されます。
2019/4/24(7:55)
石段は続くが傾斜は緩くなる。
2019/4/24(7:58)
社殿手前の鳥居。
鳥居右の石段を登ると「満山社」が建つ。
2019/4/24(7:59)
「手水鉢」。
「黒雲母花崗斑岩」の巨石をくり抜いたもので、
新宮城主第2代「水野重良」が、下野国(栃木県)
那須城主「大関家」に嫁いだ姉の長寿と子孫繁栄を
願って奉納したとある。
2019/4/24(7:59)
「神倉神社」の社殿と御神体の「ゴトビキ岩」。
赤い社殿の後ろに「注連縄」を張るのが
「ゴトビキ岩」。
この「注連縄」は、例祭「お燈祭」の1週間前に
張り替えられるという。
写真をクリックすると拡大写真(600x450)が
表示されます。
2019/4/24(8:00)
社殿横から見る「新宮」の町並み。
眼下(東)に「新宮」の町並み。左奥(北東)の
方向には、「熊野川(新宮川)」が見えている。
写真をクリックすると拡大写真(600x450)が
表示されます。
2019/4/24(8:04)
「満山社」。
2019/4/24(8:04)
「満山社」から見る「神倉神社」の境内。
写真を奥に進むと右側に「社殿」が建つ。
2019/4/24(8:05)
往路を戻る。
参道左上には、「千穂ヶ峯山道」の案内板が立つ。
写真をクリックすると9.5倍ズームで撮る
「千穂ヶ峯山道」の案内板(600x450)が
表示されます。
2019/4/24(8:07)
「千穂ヶ峯 登山口」の標識を過ぎる頃から、
徐々に傾斜がきつくなる。
2019/4/24(8:10)
下に、参道中間の広場。
2019/4/24(8:11)
中間の広場を過ぎると急坂に変わる。
写真をクリックすると拡大写真(600x450)が
表示されます。
2019/4/24(8:14)
麓の「鳥居」が見えてきた。
2019/4/24(8:18)
「社務所」前の広場。
写真奥に、麓の「鳥居」が立つ。
写真右端に立つ「野口雨情」の句碑には、
「見せてやりたい 神倉のお燈まつりの 男意気」
と刻まれる。
2019/4/24(8:19)
「出雲大社新宮教会」の鳥居。
「出雲大社新宮教会」は、「神倉神社」第1駐車場
に隣接するが、「神倉神社」と直接の関係はない。
写真をクリックすると「出雲大社新宮教会」の
案内板(800x600)が表示されます。
2019/4/24(8:20)
「出雲大社新宮教会」。
「出雲大社新宮教会」は、縁結びの神として
知られる「出雲大社」の信仰を広める布教機関
として組織された「出雲大社教」の教会で、
本部を「出雲大社」の「おくにがえり会館」に
 置くが、宗教法人としては、出雲大社が
「宗教法人出雲大社」、 出雲大社教は
「宗教法人出雲大社教」と、別の団体だという。
写真をクリックすると拡大写真(600x450)が
表示されます。
2019/4/24(8:20)
「三柱稲荷神社」。
「三柱稲荷神社」は、奈良県吉野郡の十津川村に
鎮座する「玉置稲荷」の分祠とある。
鳥居と社殿の間には、縁結びの神「大黒さま」が
立つ。
写真をクリックすると正面から撮る
「三柱稲荷神社」が表示(600x450)されます。
2019/4/24(8:20)
縁結びの神「大黒さま」。
写真をクリックすると拡大写真(450x600)が
表示されます。

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