三保の松原

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2010/3/26(9:34)
「羽衣伝説」の舞台「三保の松原」は、長さ7Km
の海浜に約5万4千本の松が生い茂り、「富士山」
「伊豆半島」を望む景勝地として知られ、北海道の
「大沼公園」、大分県の「耶馬溪」と並び「新日本
三景」のひとつに数えられている。
2010/3/26(9:36)
エリーヌの碑。
「羽衣伝説」に魅せられ、「羽衣」という作品を
発表した、フランスの舞踏家「エレーヌ・ジュグ
ラリス」は、憧れのこの地を訪れることなく、
35歳の若さで病に倒れる。
「せめて髪と衣装だけは三保の松原に」との彼女
の遺言に共感した地域の人たちにより、建てられ
たという。
2010/3/26(9:39)
羽車神社。
三保の松原に舞い降りた天女の羽衣伝説ゆかりの
「御穂神社」の離宮。
北に600m程離れた「御穂神社」には、「羽衣
の切れ端」が安置されている。

2010/3/26(9:41)
「羽衣の松」を中心に、左右に広がる「三保の松原」。写っている範囲は、おそらく「羽衣の松」の左右1Km程度。
つまり、写真の左端から右端までは、2Km程度と思われる。従って、この写真は、長さ7Kmの「三保の松原」のほんの一部である。
2010/3/26(9:42)
羽衣の松。
樹齢650年の老松で、「羽衣伝説」の天女が、
舞い降りて、この松に羽衣をかけたとされる。
2010/3/26(9:45)
羽衣の松の説明。
「むかし天女が三保の松原の美しい景色に見とら
れて降りたとき衣を掛けておいたのがこの「羽衣
の松」だと云い伝えられている。わが国の文学と
して名高い謡曲「羽衣」は、この松にちなむ、
もっとも美しい物語である」とある。
2010/3/26(9:47)
日本新三景の碑。
東郷平八郎元帥の書による記念碑。
2010/3/26(10:08)
甲飛予科練之像。
「太平洋戦争末期、三保半島には「清水海軍航空
隊」があり「甲種飛行予科練修生」が訓練に明け
暮れた。そこで、後世に戦争の悲惨さと平和の尊
さを願い、この碑を建立した」とある。
2010/3/26(10:09)
清水(三保)灯台。
「明治45年に設置点灯され、わが国最初の鉄筋
コンクリート造りの灯台」とある。
2010/3/26(10:12)
上の地図で、一番上の辺りに「清水(三保)灯
台」。「清水(三保)灯台」から海岸線を右に、
1.6Km強先に「羽衣の松」。
左下に2Km程先に「真崎灯台」がある。
なお、この地図は、左方向が北である。

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