明治村
(2丁目)

2015/10/26(9:59~10:13)
「明治村2丁目」。
本ページで紹介する建物等については、
地図上に書かれる番号を
赤い丸 で囲んでいます。
また、本文中では、建物等の名称の前に、地図上に
書かれる番号を
赤い数字 で記述しています。
画像をクリックすると「明治村2丁目」の地図が
拡大表示(900x500)されます。
なお、この地図は、「SL東京駅」で撮影した案内板から
該当部分を切り抜いています。
また、建物などの説明内容は、「SL東京駅」で購入した
「博物館明治村ガイドブック」を参考にしましたが、
この内容については、「博物館明治村」のHPにある
「エリア別建造物」のページにも掲載されています。
2015/10/26(9:59)
(14) 「千早赤阪小学校講堂」。
 ・旧所在地:大阪府南河内郡千早赤阪村
 ・建設年:明治30年(1897)頃
 ・解体年:昭和45年(1970)
 ・移築年:昭和51年(1976)
元は、大阪市北区大工町の堀川尋常小学校に
あったが、昭和4年(1929)、南河内郡千早赤阪村の
小学校に移築されている。
一階が雨天体操場、二階の講堂には、天皇皇后
両陛下の写真や教育勅語を写した勅語謄本を収める
「奉安殿」が設けられている。
2015/10/26(10:00)
(15) 「第四高等学校物理化学教室}。
 ・旧所在地:石川県金沢市千石町
 ・建設年:明治23年(1890)
 ・解体年:昭和39年(1964)
 ・移築年:昭和40年(1965)
第四高等学校(現金沢大学)の物理化学教室として
建てられた建物で、近代化を推し進めようとする
明治政府にとって、自然科学教育は重要な課題で
あったという。
横に長い大きな建物だが、元は更に大きく、
明治村では、中央部分だけを移築したという。
2015/10/26(10:02)
(16) 「東山梨群役所」。
 ・旧所在地:山梨県山梨市
 ・建設年:明治18年(1885)
 ・解体年:昭和39年(1964)
 ・移築年:昭和40年(1965)
山梨県は施行当初4郡に分けられたが、
明治13年(1880)の太政官布告により、9郡に改編され、
「東山梨郡」は、この時に誕生したという。
「東山梨群役所」の中には、明治村の「村長室」があり、
歴代村長のパネル等が展示され、村長在室中の時は、
記念撮影にも応じるという。
博物館「明治村」では、館長の他に、「村長」がいる。
この「村長」は、初代「徳川夢声」に始まり、「森繁久彌」、
「小沢昭一」と、著名人が努めており、
平成27年(2015)からは、4代目の村長として、
エッセイストで、タレントでもある「阿川佐和子」が
努めている。
2015/10/26(10:04)
(17) 「清水医院」。
 ・旧所在地:長野県木曽郡大桑村須原
 ・建設年:明治30年(1897)代
 ・解体年:昭和47年(1972)
 ・移築年:昭和48年(1973)
この建物は、木曽路の中程、「妻篭」と「木曽福島」の
ほぼ中間、鉄道(中央線)も開通する前の辺鄙な
「須原」にあり、旅篭の立ち並ぶ街道沿いに建つ
洋風の建物は、ひときわ目立つ存在であったという。
また、「清水医院」には、「島崎藤村」の姉「園子」が、
入院しており、藤村の小説「ある女の生涯」の中で、
須原の「蜂谷医院」として記されている。
2015/10/26(10:06)
(18) 「東松家住宅」。
 ・旧所在地:名古屋市中村区船入町
 ・建設年:明治34年(1901)頃
 ・解体年:昭和37年(1962)
 ・移築年:昭和40年(1965)
「東松家」は、明治20年代後半までは油屋を生業とし、
その後、昭和の初めまで「堀川貯蓄銀行」を
営んだという。
江戸時代には、武家以外のものに、3階建ての建物を
造ることは許されず、大正8年には、市街地建築物法
により、木造高層住宅が禁止となったため、この短い
50年の間に立てられた貴重な3階建木造住宅である。
2015/10/26(10:08)
(19) 「京都中井酒造」。
 ・旧所在地:京都市中京区御幸町通二条
 ・建設年:明治3年(1870)
 ・解体年:昭和46年(1971)
 ・移築年:平成5年(1993)
 「京都中井酒造」は、天明7年(1787)に創業。
元の建物が、元治元年(1864)、長州藩と会津・薩摩が
衝突した「禁門の変」で焼失したため、その後再建した
のが、この建物だという。
屋根は、京都の伝統で、緩いカーブを持たせてた
「むくり屋根」となっている。
なお、この建物は現在、京甘味処「なか井茶寮」として
営業している。
2015/10/26(10:08)
(20) 「安田銀行会津支店」。
 ・旧所在地:福島県会津若松市大町
 ・建設年:明治40年(1907)
 ・解体年:昭和38年(1963)
 ・移築年:昭和40年(1965)
太い柱を厚い土壁で塗り込む伝統的な土蔵造を元に、
要所には洋風のデザインをかみ合わせるという
明治建築の優れた点を生かした建物だという。
この建物は現在、「ハイカラ衣装館」として営業しており、
矢絣(やがすり)・袴姿で明治の女学生姿に変身したり、
袴姿に詰め襟で、夏目漱石の坊っちゃんになった
気分で記念撮影をすることができる。
2015/10/26(10:09)
(21) 「札幌電話交換局」。
 ・旧所在地:札幌市大通西
 ・建設年:明治31年(1898)
 ・解体年:昭和37年(1962)
 ・移築年:昭和40年(1965)
日本の電話交換業務は、明治23年(1890)に、東京と
横浜で開始され、以後徐々に全国に普及する。
札幌では、交換局竣工2年後の明治33年(1900)に
交換業務が開始されたという。
建物二階窓下の胴蛇腹に連続して刻まれる大きな
円形の花紋は、女性が働く職場を意識してのことで
あろうか。
写真をクリックすると「円形の花紋」部分を切り抜く
画像(600x450)が表示されます。
2015/10/26(10:09)
東側から見る (14) 「千早赤阪小学校講堂」。
一階の廻廊は、アーチが連続したアーケードと
なっている。
2015/10/26(10:12)
「名電1号形」。
名鉄創業120周年と明治村開村50周年を記念した、
特別展示である。
「旧名古屋電気鉄道第1号形電車(略称:名電1号形)」
は、明治34(1901)年に製造され、名古屋電気鉄道の
市電車両として使用されたが、明治40年(1907)、
札幌電気軌道に売却され、札幌の市電として、
昭和11年(1936)頃まで使用されたが、その後は、
札幌市交通局で静態保存されていた。
この特別展示は、札幌市交通局から「名電1号形」を、
期間限定で借り受け、平成32年(2020)3月までの間、
ここ明治村で特別展示されるという。
2015/10/26(10:13)
(23) 「京都七条巡査派出所」。
 ・旧所在地:京都市下京区猪熊通七条
 ・建設年:明治45年(1912)
 ・解体年:昭和43年(1968)
 ・移築年:昭和44年(1969)
「京都七条巡査派出所」は、京都駅の近く、
西本願寺・龍谷大学の入口角にあった。
建物は木造だが、化粧レンガを張り上げ、
レンガ造洋風建築に見せている。
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