清水寺

この下にある「プルダウンメニュー」が表示されない場合は、ページ最下行にあるハイパーリンクをご利用下さい。





2016/9/27(16:16,16:17)
「仁王門」と「参道」。
「清水寺(せいすいじ)」は、離島の中では日本で最大の湖沼、佐渡島の「加茂湖」南端から、
更に5.3km程南に位置する佐渡市新穂大野にある。
奈良の長谷寺を模したという本堂前面の礼堂には、京都清水寺を思わす「舞台」を設け、
他にも鐘楼、中門、仁王門等、境内には15棟の堂宇が建ち「佐渡金山」で栄えた、
当時の様子を窺い知ることのできる寺である。
右の写真の「参道」は、「仁王門」と「中門」の間を、真っ直ぐに伸びる石段で結ぶ。
左の写真をクリックすると「清水寺」の案内版(800x450)が表示されます。
右の写真をクリックすると拡大写真(450x600)が表示されます。
2016/9/27(16:18)
「参道」中間付近にて。
奥には「中門」が見えている。
写真をクリックすると「中門」を切抜く画像(450x600)が
表示されます。
2016/9/27(16:19)
「清水寺」の案内版。
この案内版は、「内門」前にあるが、他に建物(堂宇)を
個々に説明する案内版等は無かったと記憶する。
写真をクリックすると案内版に書かれる「境内図」が
表示されます。
この境内図は、1,200x1,400ピクセルあります。
境内図の文字を読みたいときには、表示された画像を
クリックし、スクロールバーをご利用下さい。
2016/9/27(16:21)
「前庭」。
正面には「本堂」が見えているのだが、木の葉に隠れ、
その全体は写らない。
写真をクリックすると拡大写真(600x450)が
表示されます。
2016/9/27(16:22)
「経蔵」。
「前庭」から「内門」を潜り「内庭」に入ると、
すぐ右側に建つ。
2016/9/27(16:22)
「家財蔵」。
「前庭」から「内門」を潜り「内庭」に入ると、
すぐ左側に建つ。
2016/9/27(16:22)
「大講堂」。
「内庭」に建ち、境内で一番大きな建物である。
なお、「佐渡 清水寺」のHPでは、この建物が
「本堂」と記載されているので、「本堂」としての
役割(機能)を、「大講堂」に移したとも思うのだが、
本ページでは、現地案内版の境内図にある
建物名称で記述しています。
2016/9/27(16:22)
「新座敷」。
「大講堂」に隣接して建つ。
2016/9/27(16:23)
「長屋門」。
駐車場と「庫裏」の間に建つため、寺に努める人達の
出入りに利用されていたのではないかと思われる。
2016/9/27(16:23)
「庫裏」。
「新座敷」の裏に建つ。
2016/9/27(16:24)
「内庭」から撮る、「経蔵(左)」と「家財蔵(右)」。
2つの建物の間には「内門」が立つ。
2016/9/27(16:24)
「新座敷(左)」と「大講堂(右)」。
2016/9/27(16:24)
「鐘楼」。
2016/9/27(16:25)
「前庭」から見る「内門」。
門の右に立つのが「清水寺」の案内版。
2016/9/27(16:26)
「前庭」から見る「本堂」。
木の葉越しに「舞台」が見えている。
写真をクリックすると拡大写真(600x450)が
表示されます。
2016/9/27(16:27)
「本堂」に向かい右側の石段を上る。
2016/9/27(16:27)
「地蔵堂」。
「本堂」の右側に建つ。
写真をクリックすると拡大写真(600x450)が
表示されます。
2016/9/27(16:27)
「大師堂」。
「本堂」の右側に少し離れて建つ。
写真をクリックすると拡大写真(600x450)が
表示されます。
2016/9/27(16:28,16:29)
「本堂」。
「救世殿(ぐぜでん)」や「観音堂」とも呼ぶようなのだが、本堂の建物全体を指すのか、それとも一部なのか等が
分からない。「本堂」は、奈良の長谷寺を模したというので、長谷寺のHPを見ると、以下の様に書かれている。
「本堂は、本尊を安置する正堂、参詣者のための空間である礼堂、これら両者をつなぐ相の間の3部分からなる」
そこで、本ページでは、左の写真の建物全体を「本堂」、建物の左側を「礼堂」、右側を「正堂」、中央の入口を
入った所を「相の間」と記述する。
右の写真は、「礼堂」から本尊を安置する「正堂」を撮ったものである。
いつまで、ここに「本尊」が安置されていたのかは分からぬが、かなりの年月を経過しているように思える。
右の写真をクリックすると拡大写真(600x450)が表示されます。
2016/9/27(16:29)
「相の間」。
写真、右が「正堂」、左が「礼堂」。
写真をクリックすると拡大写真(600x450)が
表示されます。
2016/9/27(16:30)
「礼堂」から撮る「舞台」。
写真では分からないが、「舞台」は傾いており、
肉眼では、写真奥の方が低くなっているのが、
はっきりと分かる。
そのため、「舞台」の上に乗るのは遠慮した。
2016/9/27(16:30)
「舞台」。
2016/9/27(16:31)
「相の間」。
2016/9/27(16:31)
左側から見る「本堂」。
写真をクリックすると拡大写真(600x450)が
表示されます。
2016/9/27(16:32)
「本堂」に向かって左側の石段を下りる。
2016/9/27(16:32)
横から見る「舞台」。
2016/9/27(16:33)
下から見る「舞台」。
後ろに建つ「本堂」の大屋根が堂々と立派である。
写真をクリックすると拡大写真(600x450)が
表示されます。
2016/9/27(16:33)
1.75倍ズームで撮る「本堂」。
「扁額」には、「救世殿(ぐぜでん)」と書かれる。
写真をクリックすると「扁額」を切抜く画像(450x600)が
表示されます。
2016/9/27(16:35)
「中門」脇に並ぶ五輪塔。
当時の繁栄ぶりが窺える。
2016/9/27(16:35,16:36)
「参道」を下る。
まさに「古刹」と呼ぶに相応しい寺である。現在、この「清水寺」に常駐する住職はいないということで、
舞台が傾くなど、多少荒れた状態であったが、これ程の文化遺産が朽ち果て、無くなってしまったとしたら、
佐渡島のみならず日本の損失である。
市の文化財にも指定され、現地には工事用資材なども置かれることから、修理の計画はあるように思う。
今後も、末永く保存(維持)されることを期待したい。
左の写真をクリックすると拡大写真(450x600)が表示されます。

  佐渡島に戻る       旅の記録(新潟県)に戻る

  旅の記録に戻る      Donichi’s HomePageに戻る