桃介橋
(天白公園)

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2015/10/28(10:54,10:55)
「天白公園」の駐車場から見る「桃介橋」と主塔から水辺に降りる石段。
「桃介橋(ももすけばし)」は、長野県木曽郡南木曽町の「天白公園」にある木造の吊り橋で、
下流にある「読書(よみかき)発電所」の建設用資材運搬路として建設され、大正11年(1922)に完成。
昭和53年(1978)には、老巧化のため通行が禁止され、町議会決議で廃橋となるものの、撤去の費用がなく
残置される。その後、地域住民等からの保存の声により、平成5年(1993)、近代化遺産(南木曽町有形文化財)
として復元され、翌平成6年(1994)には、意匠的、技術的に優秀な橋として国の重要文化財に指定されている。
「天白公園」は、「つつじ」の名所として知られ、4月中旬頃になると、6種類約400株の「ミツバツツジ」が
鮮やかなピンク色の花を咲かせるという。
左の写真をクリックすると「天白公園」の案内図(800x600)が表示されます。
右の写真をクリックすると、案内板「桃介橋の概要」が表示されます。
この案内板は、1,200x900ピクセルあります。
案内板の文字を読みたいときには、表示された画像をクリックし、スクロールバーをご利用下さい。
2015/10/28(10:55)
「桃介橋」。
橋の長さは、247m。木製の補剛トラスを持った
吊り橋としては、日本有数の長大橋である。
主塔は、下部が石積み、上部がコンクリート造りで、
中央の主塔から水辺へ降りる石段が特徴的である。
写真をクリックすると拡大写真(600x450)が
表示されます。
2015/10/28(10:57)
「桃介橋」右岸橋詰。
「桃介橋」は、「読書発電所」の建設用資材運搬路として
建設されたため、当時、橋の中央にトロッコのレールが
敷かれており、そのレール跡も復元されている。
写真をクリックすると正面から撮る「桃介橋」が
表示(450x600)されます。
2015/10/28(10:58,10:58)
「桃介橋」の下を流れる「木曽川」。
左の写真が橋の上流側。右の写真が下流側。
「読書発電所施設」は、「桃介橋」の下流約2kmにあり、「大同電力(現:関西電力)」により造られ、
当時、我国最大出力を誇る水路式発電所施設で、大正期を代表する近代化遺産として、
「桃介橋」と合せて、国の重要文化財(建造物)に指定されている。
なお、当時の大同電力社長「福沢桃介」は、橋の名前を「桃介橋」としたい意向であったが、
周囲の反対により、当時は「桃之橋」と呼ばれ、「桃介橋」となったのは、平成5年(1993)の復元時からという。
右の写真をクリックすると、案内板「読書発電所施設」が表示(800x600)されます。

2015/10/28(10:59)
「桃介・貞奴マレットゴルフ場」。
「桃介橋」の上流側左岸の河川敷は、18ホールの
マレットゴルフ場になっており、低料金の協力金で
プレイできるという。
この、「マレットゴルフ」は、日本で生まれた競技で、
全国で一番「マレットゴルフ」が、盛んなのが「長野県」
なのだという。
2015/10/28(10:59,11:00)
中央の主塔から水辺への「降り口」と「石段」。
「降り口」の看板には、「階段は滑りやすい」、「上り優先」とか、「鍵がかかっている時は通れません」との
注意が書かれる。
2015/10/28(11:02)
「桃介橋」中央主塔の石段。
写真右下の「芝生」は、「マレットゴルフ場」の
9番ホール(パー4)の一部である。
2015/10/28(11:03,11:04)
「木曽川」に架かる「桃介橋」。
「桃介橋」の西側である。
2015/10/28(11:04)
「桃介橋」と「桃介・貞奴マレットゴルフ場」。
「桃介橋」の東側である。
ゴルフ場の名前にある、「貞奴」は、日本の女優
第1号といわれ、「桃介」後半生のよきパートナーとして
共に過ごしたという「川上貞奴」である。
また、「桃介」の旧姓は「岩崎」。「福沢諭吉」の
婿養子となり、「福沢桃介」を名乗っている。
2015/10/28(11:04)
「桃介橋」中央主塔の石段。
2015/10/28(11:06)
中央主塔付近から見る「桃介橋」の西側。
写真をクリックすると拡大写真(600x450)が
表示されます。
2015/10/28(11:09)
「天白公園」の中を歩く。
写真右上、少し高くなっている所は、「イベント広場」。
2015/10/28(11:09)
「イベント広場」。
区割りがされており、4月の「つつじ」のシーズンには、
有料(環境整備協力金)駐車場として利用されるという。
2015/10/28(11:10)
「イベント広場」から見る「桃介橋」。
写真をクリックすると拡大写真(600x450)が
表示されます。
2015/10/28(11:10)
「イベント広場」。
「四阿」の奥に「桃介橋」がある。
2015/10/28(11:15)
伊勢小屋沢「じゃぬけの碑」。
「じゃぬけの碑」は、「木曽川」の支流「伊勢小屋沢」沿い
に立ち、昭和28年(1953)年の土石流(じゃぬけ)による
犠牲者3人の霊を慰めるために建立された。
礎石には、後世への「いましめ」として「じゃぬけの
俚言(りげん:土地で言い伝えられてきた言葉)」が
刻まれる。
「白い雨が降るとぬける
 尾先 谷口 宮の前
 雨に風が加わると危い
 長雨後 谷の水が急に
 止ったらぬける
 蛇ぬけの水は黒い
 蛇ぬけの前には
 きな臭い匂いがする」
写真をクリックすると「じゃぬけの碑」の
案内板(800x600)が表示されます。
2015/10/28(11:16)
「悲しめる乙女の像」。
礎石の上には、「悲しめる乙女の像」が安置される。
写真をクリックすると「悲しめる乙女の像」の
写真(450x600)が表示されます。
2015/10/28(11:16)
礎石の下には、慰霊のための「燭台」等が置かれる。
なお、すぐ近くには、電力王といわれた「福沢桃介」の
別荘を改築。遺品などを展示する「福沢桃介記念館」と、
「旧御料局妻籠出張所」の建物を復元した
「山の歴史館」が併設され、1枚のチケットで
その両方を見学することができる。

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