日和山

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2019/10/16(14:16,14:19)
「日和山公園第一駐車場」と「鹿島御児神社」。
「日和山(ひよりやま)」は、JR仙石線の終点「石巻駅」から南南東に約1.4kmの
旧北上川河口にある高さ56m程の山(丘)である。
山上には、「鹿島御児(かしまみこ)神社」が建ち、眼下に石巻市内。遠くには牡鹿半島や
蔵王の山々を見ることができ、春には桜やツツジの名所として多くの市民が訪れ、
東日本大震災では、津波から逃れる人々が山上に避難。多くの市民の命を救った。
公園の駐車場は、山上に近く、急な坂道などを登らなくとも山上まで歩くことができる。
左の写真をクリックすると「日和山」の案内板(800x550)が表示されます。
右の写真をクリックすると「日和山」から東日本大震災の津波を見る人たちの様子が
表示(600x450)されます。
2019/10/16(14:19)
「鹿島御児神社」の境内社。
2019/10/16(14:22,14:23)
震災前の牡鹿半島方向(南東)の景色。
山上のフェンスには、震災前に撮影した写真が
掲示されていた。
2019/10/16(14:23,14:26)
「日和山」山上から見る景色。
写真ほぼ中央に、「旧北上川」河口に架かる「日和大橋」。
写真左上、旧北上川左岸の町並みは、震災前から大きくは変わらないように見えるが、
写真右下、旧北上川の右岸、東日本大震災の前には、約3,000軒を超えていたという
「門脇・南浜」地区の家々は、津波に流され、同時に発生した津波火災により焼き尽くされた。
更地化した跡地には、「石巻市立門脇東復興住宅」が建てられ(写真右下)、
国の復興計画によるスーパー堤防や、震災犠牲者を慰霊する記念公園等が計画されている。
写真をクリックすると震災前の「門脇・南浜」地区を写す航空写真(600x450)が表示されます。
2019/10/16(14:26)
「鹿島御児神社」の鳥居。
2019/10/16(14:28)
「内海安吉先生之像」。
「内海安吉(うつみ やすきち)」は、
明治23年(1890)、現在の東松島市に生まれた
政治家で、建設大臣や国土庁長官を務めた。
2019/10/16(14:29)
境内(山上)への入口。
入口前の広場には、「茶屋・売店」が建つ。
2019/10/16(14:29)
入口前広場の展望台(東屋)。
2019/10/16(14:30)
「東日本大震災記念碑」。
平成27年(2015)、震災の悲劇を風化させることの
ないようにと、「石巻市老人クラブ連合会」により
建立されたという。
2019/10/16(14:31)
入口の道路向かいには、「石巻城跡碑」が立つ。
「日和山」には、鎌倉時代に奥州総奉行
「葛西氏」が築いた「石巻城」があったという。
写真をクリックすると「石巻城跡碑」が
表示(450x600)されます。

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