うのすまい・トモス
(釜石祈りのパーク他)

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2019/10/17(16:16,16:16)
「うのすまい・トモス」の案内図と「ラグビーボールのオブジェ」。
三陸鉄道リアス線「鵜住居」の駅前にある「うのすまい・トモス」は、
東日本大震災の記憶や教訓を将来に伝えるとともに、生きることの大切さや
素晴らしさを感じられ、憩い親しめる場として造られた、複合公共施設であり、
慰霊・追悼施設の他、震災の伝承と防災学習施設、お土産と食事の観光交流施設等がある。
「トモス」の名前は、大震災からの復興の明かりを「灯す」「共に」「友」を意味する
言葉の響きと、「鉄のまち釜石」の炉をイメージしたという。
左の写真をクリックすると「うのすまい・トモス」の案内図(800x650)が拡大表示されます。
右の写真、「ラグビーワールドカップ2019」に訪れる人達の写真撮影スポットにと
「鵜の郷交流館」前の広場に設置された「ラグビーボールのオブジェ」は、
高さ3m、直径2mの強化プラスチック製で、大漁旗をイメージしたデザインに、
郷土芸能「虎舞」と観光スポット「釜石大観音」が描かれる。
右の写真をクリックするとラグビーボールのオブジェを切抜く画像(450x600)が表示されます。
2019/10/17(16:18)
「釜石祈りのパーク」の入口。
多くの犠牲者を出した「鵜住居地区防災センター」の
跡地に造られた慰霊・追悼施設で、中央に設置された
慰霊碑には、犠牲になられた釜石市民全員の芳名が
刻まれる。
写真をクリックすると「釜石祈りのパーク」の
施設案内(800x329)が表示されます。
2019/10/17(16:18)
写真奥に、「東日本大震災慰霊碑」。
2019/10/17(16:19)
「東日本大震災慰霊碑」。
犠牲者の名前を刻む「芳名板」の前には、
「献花台」が設けられている。
慰霊碑の右上に立つのが、東日本大震災で
鵜住居地区を襲った津波の高さ(海抜11m)を
後世に伝える「津波高のモニュメント」。
2019/10/17(16:19)
「釜石市防災市民顕彰碑」。
災害から未来の命を守るため「市民総意の誓い」
として建てられた。
写真をクリックすると「釜石市防災市民憲章」が
表示(800x600)されます。
2019/10/17(16:20)
「防災市民顕彰碑」から見る慰霊碑。
多くの犠牲者を出した「鵜住居地区
防災センター」は、この写真の中にあった。
2019/10/17(16:21)
犠牲者の名前が刻まれる「芳名板」と「献花台」。
2019/10/17(16:23)
三陸鉄道リアス線「鵜住居」の駅前ロータリーから
ホームへの連絡通路。
JR時代の地下道は、踏切りに変わり、
連絡通路の脇には、駐輪場が設けられている。
2019/10/17(16:24)
三陸鉄道リアス線「鵜住居駅」。
三陸鉄道の復旧に伴い、ホームと駅舎は、
新築された。
2019/10/17(16:24,16:25)
鵜住居駅のホームから見る「釜石鵜住居復興スタジアム」と
駅ホームのスロープに掲げられた「ラグビーワールドカップ2019」の幟旗。
左の写真中央に写るのは、「釜石鵜住居復興スタジアム」のメインスタンド。
東日本大震災で被災した小中学校の跡地に造られた「釜石鵜住居復興スタジアム」は、
「ラグビーワールドカップ2019」の会場の一つとなり、2試合が予定されたが、
この4日前(13日)に予定されていた2試合目は、台風接近のため中止となっていた。
スタジアムの常設席は、概ね6,000。「ラグビーワールドカップ2019」では、
約10,000の仮設席を設け、合計で、16,000人を収容したという。
この日、この「仮設スタンド」は、撤去されずに残っていたようである。
左の写真をクリックすると7倍ズームで撮る「釜石鵜住居復興スタジアム」が
表示(600x450)されます。
右の写真をクリックすると、この日の翌朝(18日)、道の駅「釜石仙人峠」で見た
ラグビーワールドカップ2019の案内(670x450)が表示されます。
2019/10/17(16:27)
「いのちをつなぐ未来館」。
東日本大震災の出来事や教訓を後世に伝えると共に
災害から命を守るための防災学習を推進する施設。
写真をクリックすると「いのちをつなぐ未来館」の
施設案内(800x327)が表示されます。
2019/10/17(16:27)
「いのちをつなぐ未来館」の中に入る。
未来館の中は、「展示室」、「資料閲覧室」、
「防災学習室(オープンスペース)」と3つの
スペースに分かれる。
2019/10/17(16:29)
「資料閲覧室」。
東日本大震災に関する書籍や資料、写真などが
閲覧できる図書スペース。
写真をクリックすると別角度から撮る
写真(600x450)が表示されます。
2019/10/17(16:31)
「防災学習室」。
企画展、ワークショップ、語り部、地域交流など、
各種活動に対応するオープンスペース。
テーブルの上には、パンフレットや来館者が
自由に記述できるメッセージノート等が置かれる。
2019/10/17(16:32)
「津波シミュレーター」。
ハンドルを下に押して手を離すと、
津波が発生する様子が観察できる。
写真をクリックすると「津波シミュレーター」の
案内(600x450)が表示されます。
2019/10/17(16:33)
「笑顔の写真展」。
岩手県一関市の出身で、写真家として
「何が出来るか」を自問。被災地で
「マゲエナイゾ!」と懸命に生きる人達の姿を
撮り続ける「オヤマ カズヨシ(小山一芳)」の
作品を展示する。
2019/10/17(16:34)
「釜石復興の軌跡」。
被災した釜石市の復興の記録を、以下6つの
ジャンルに分けて紹介(パネル展示)する。
・東日本大震災からの復興
・釜石市の復興事業
・釜石市の住宅再建
・学校の復興
・中心市街地の再興
・惨禍の伝承と復興
2019/10/17(16:36)
「展示室」。
東日本大震災での出来事や教訓、防災学習の
取り込みなどを紹介する展示スペース。
2019/10/17(16:38)
「教職員と児童・生徒の避難行動」。
防災センターに非難し、多くの犠牲者を出す中、
海からわずか500mの距離にある
「鵜住居小学校」と「釜石東中学校」の
教職員と児童・生徒達、約570名は、
高台に向かい、全員が無事避難。
後に「釜石の奇跡」と呼ばれる、この行動の
様子が時系列で紹介されている。
2019/10/17(16:39)
絵本「つなみてんでんこ  はしれ、上へ!」。
「鵜住居小学校」と「釜石東中学校」の避難行動
(釜石の奇跡)を元にした絵本「つなみてんでんこ
はしれ、上へ!(文:指田和子、絵:伊藤秀男)」の
原画等が展示される。
2019/10/17(16:41)
多くの犠牲者がでた「防災センター」。
名称の誤解などから多くの市民は、
「防災センター(写真の白い建物)」に避難。
津波は防災センターの2階天井付近にまで達し、
69人が犠牲となった(生存者数:34人)。
また、センターに向かっていた人も多く、
防災センターと、その周辺を合せると
160名以上が犠牲となった。
写真をクリックすると防災センターと
その周辺で多数の犠牲者が出た事に対する
検証結果(960x500)が表示されます。
2019/10/17(16:41)
「防災センター」の祭壇に供えられた品々。
多くの犠牲者を出した「防災センター」では、
遺族や地域住民により、「祈りの祭壇」が設けられ、
献花、追悼品、手紙などが供えられた。

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