トラピスチヌ修道院

この下にある「プルダウンメニュー」が表示されない場合は、ページ最下行にあるハイパーリンクをご利用下さい。





2013/6/20(18:58,18:59)
「トラピスチヌ修道院」入口。
「トラピスチヌ修道院」は、函館市上湯川町の高台にある、「厳律シトー会(トラピスト会)」の女子修道院であり、
正式名を「天使の聖母トラピスチヌ修道院」。明治31年(1898)年、フランスの修道院から8名の修道女が
来たのが始まりという。
男子修道院「トラピスト修道院」の見学には、予約が必要な上に少人数限定となっているため訪れる人は
少ないが、「トラピスチヌ修道院」の前庭部分は、一般に開放されており、多くの観光客が訪れる。
また、隣接する「市民の森」には、一周2.3kmの園路の他、「ピクニックの丘」、「見晴しの丘」、
「ミズバショウと木の道」等が整備され、季節には約1万3千株の「アジサイ」が咲くという。
左の写真をクリックすると「市民の森案内板」が表示されます。
この案内板は、1280x800ピクセルあります。
案内板の文字を読みたいときには、表示された画像をクリックし、スクロールバーをご利用下さい。
右の写真をクリックすると「トラピスチヌ修道院」の案内板が表示(800x600)されます。
2013/6/20(19:00)
「トラピスチヌ修道院」入口から見る前庭。
写真中央に「聖ミカエル像」。右に「天使園」、
左には、「聖堂」の屋根上に立つ鐘楼塔が写る。
なお、この日は到着が遅くなり前庭に入ることは
できなかった。
このため、平成8年(1996)に訪れた時の写真を
以下に紹介するが、「聖ミカエル像」の立つ場所が
移動している等、この間に大きな模様替えが
行われたようである。
写真をクリックすると拡大写真(600x450)が
表示されます。
ここから下は、平成8年(1996)8月に撮影した写真です
1996/8/24(No.1)
平成8年(1996)当時の入口。
現在の入口は様変わりしている。
中に写る「天使園」の場所は変わらないようであるが、
建物は、雰囲気を保つ形で建て替えられたようである。
1996/8/24(No.2)
「天使園(資料館、売店)」。
「天使園」は、トラピスチヌ修道院の資料館と売店に
なっており、資料館には、修道院の歴史や修道女の
生活等に関する資料が展示され、売店では、修道女
手作りのお菓子や手工芸品などを販売する。
特に、フランスケーキの「マダレナ」は人気だという。
1996/8/24(No.3)
「慈しみの聖母マリア像」の立つ建物。
建物は、「天使園」から「聖堂」の方向に歩くと
右側にあった。
写真右、教会風の建物の壁には「慈しみの聖母
マリア像」が立つ。
これが、現在、「天使園」の向かいにあり、
「マリー・ベルナルド神父」の作品という「慈しみの
聖母マリア像」なのかについては、不明である。
写真をクリックすると、この写真に写る「慈しみの聖母
マリア像」が表示(450x600)されます。
1996/8/24(No.4)
「司祭館」と「聖堂」。
写真左が「司祭館」。円筒形の建物から右が「聖堂」。
円筒型の建物の壁には「ジャンヌ・ダルク像」が立つ。
また、屋根の上に立つ鐘楼塔には、2つの鐘があり、
ミサや共同体の祈りの始め、仕事の終了時刻等に
鐘を鳴らすという。
この「聖堂」は、一般者が立ち入ることのできない
修道院の中心であり、修道女たちの生活の場である。
修道院では、自給自足を原則とし、毎朝3時半に起床。
祈り、読書、ミサ、労働、食事を全て共同で行い、
夜は7時45分に就床するという。
写真をクリックすると、聖堂の「ジャンヌ・ダルク像」の
部分を切り抜いた画像(450x600)が表示されます。
1996/8/24(No.5)
「聖ミカエル像」。
「聖ミカエル」は、聖書の中で「正しい人々を救うために
悪と戦う、大天使長の一人」として書かれるという。
現在、入口を入ったところにある「聖ミカエル像」は、
この写真の像を移動したものと思うのだが、
真偽は不明。
写真をクリックすると拡大写真(450x600)が
表示されます。
1996/8/24(No.6)
「ルルドの聖母(マリアとベルナデッタ)」。
「ルルド」は、南フランスにある「ルルドの洞窟」に
似せて作られたもので、14歳の少女「ベルナデッタ」が
聖母マリアを見上げてひざまずく姿である。
写真をクリックすると拡大写真(450x600)が
表示されます。

 函館周辺に戻る      旅の記録(北海道)に戻る

  旅の記録に戻る      Donichi’s HomePageに戻る