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2013/6/20(7:12,7:13)
「太田神社 本殿」への登山口にある案内板。 「太田神社」は、北海道久遠群せたな町にあり、北海道本土で最も西に位置する神社である。
「太田神社」の本殿は、道南五大霊場の一つといわれ、標高485mの「太田山」中腹の断崖絶壁にあり、
北海道最古の山岳霊場であるとともに、一般には「日本一危険な神社」として知られる。
写真右の「太田神社の由来」には、「開基は、享徳三年(454)松前の祖武田信広、霊験あらたかな
このお山に太田大権現の称号を贈ったことに始まる」とある。 なお拝殿は、ここ登山口から南に600m程離れた「帆越山トンネル」の脇にある。 |
2013/6/20(7:14)
「太田神社 本殿」への登山口の鳥居。 社号標には「道南霊場 太田山神社」とある。 また、「大田神社」等と書かれたHPもあるが、
本ページでは、「せたな町」のHPで書かれ、地元で 呼ばれるという「太田神社」の名称で記述する。 写真をクリックすると拡大写真(450x600)が 表示されます。 |
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2013/6/20(7:14,7:15)
「太田神社 本殿」への登山口の石段。 「太田神社
本殿」までは、登りで30~40分。下りが10~20分であるが、問題はこの急勾配にある。
この石段の傾斜は、40度といわれスキーのジャンプ台を超える。足を載せる幅も狭く、両側のロープを 頼らないと恐怖を感じるほどである。
そして、このロープは本殿の直下まで途切れることが無く続き、本殿の直前では高さ7mの垂直の壁を 鎖だけを頼りに登らなければならない。
距離は短いものの、ハイキング等では経験することができないほどの過酷な道であり、「日本一危険な 神社」というのは、決して過言ではない。 右の写真をクリックすると拡大写真(600x450)が表示されます。 |
2013/6/20(7:19)
上から見下ろす石段。 写真をクリックすると拡大写真(450x600)が 表示されます。 |
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2013/6/20(7:21)
石段上の鳥居から、ほんの少し歩いただけなのだが、 鳥居の「笠木」は下の方に見える。 |
2013/6/20(7:22)
前方には「鉄梯子」とロープが続く。 写真をクリックすると鉄梯子とロープの部分を
切り抜いた画像(450x600)が表示されます。 |
2013/6/20(7:28)
探検家「松浦武四郎」は、この坂を「オニカミノボリ (鬼が神のように登る道)」と手記に書いたという。 |
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2013/6/20(7:30)
ロープは、途切れなく続くため、道に迷うというような ことはない。 |
2013/6/20(7:34)
地蔵が置かれた岩崖を通過。 写真をクリックすると「岩崖の下の地蔵」の 写真(600x450)が表示されます。 |
2013/6/20(7:37)
ロープは続く。 |
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2013/6/20(7:42)
「女人堂」を通過。 |
2013/6/20(7:44)
「女人堂」の周りは傾斜が緩み、狭いが平地も あるため、休憩に適する。 |
2013/6/20(7:49)
「女人堂」を過ぎると、再びロープの急勾配となる。 |
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2013/6/20(7:52)
後ろから来る女性は両手でロープを、たぐり寄せるように 登ってくる。 |
2013/6/20(8:07)
急な勾配が続く。 写真をクリックすると拡大写真(450x600)が 表示されます。 |
2013/6/20(8:12)
本殿直下の鳥居。 |
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2013/6/20(8:12)
本殿直下の鳥居左側の崖に置かれた地蔵。 |
2013/6/20(8:15)
鳥居を潜り、ここを左に進むと、景色は一変する。 |
2013/6/20(8:16)
本殿直下の橋。 橋の下は谷底。傾斜が急な上に、手すりの一部も 錆で朽ちたように見える。 「太田神社」の宮司さんは、この参道の安全を
毎日のように点検をしているということなので、 恐怖を感じながらも、先に進む。 |
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2013/6/20(8:18)
「北尋坊の崖」。 高さ7m。 垂直の崖に下がった鎖の上に「本殿」がある。
下は谷底。もし、落ちたりすれば怪我ではすまない。 写真をクリックすると拡大写真(450x600)が 表示されます。 |
2013/6/20(8:21)
「太田神社 本殿」。 本殿は、横4m、奥行き2.5m程の岩穴にあり、 寛文年間(1661~1666)には、「円空上人」が、
この岩穴にこもり、仏像を刻んだという。 社の大きさは高さ・幅・奥行きとも2.5mから3m程。
岩穴内に同時に入れるのは、できれば2名。 万一体が接触し合ったりすることを考えると3名以内に 抑えないと危険であろう。 写真をクリックすると拡大写真(600x450)が
表示されます。 |
2013/6/20(8:22)
「太田神社 本殿」から見る景色。 下には「太田神社 拝殿」が見えている。 写真右下に写るのは、「北尋坊の崖」の鎖の 最上部である。 写真をクリックすると「太田神社 拝殿」の部分を 切り抜いた画像(600x450)が表示されます。 |
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2013/6/20(8:25)
「北尋坊の崖」を降りたところで見る景色。 かなりの高度を感じる。 写真をクリックすると拡大写真(600x450)が 表示されます。 |
2013/6/20(8:48)
帰りに見る「女人堂」。 |
2013/6/20(9:08)
登山口の石段上にある鳥居。 |
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2013/6/20(9:10)
石段中間付近にある鳥居。 この後、「太田神社 拝殿」に向かう。 |
2013/6/20(9:24)
「円空仏保管施設」。 円空の掘った仏像は、大正11年(1922)の山火事に より焼失。ここには、岐阜県丹生川村の「円刀会」に 依頼し制作された3体が保存されているとある。 写真をクリックすると「保管施設」横の案内板が 表示(600x450)されます。 |
2013/6/20(9:25)
「太田神社 拝殿」から見る「本殿」登山口の鳥居と 本殿の岩穴。 この写真でも、参道の急な勾配が想像できる。 写真をクリックすると拡大写真(600x450)が 表示されます。 |
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2013/6/20(9:27)
10.5倍ズームで撮る「太田山神社本殿」の岩穴部分。 白い枠で囲った中に「太田山神社本殿」の岩穴がある。
写真をクリックすると25.75倍ズームで撮影した 写真から「太田山神社本殿」の岩穴部分を切り抜いた
画像(450x600)が表示されます。 この写真では、不鮮明ながら岩穴内の「本殿」や 「北尋坊の崖」を確認することができます。 |
2013/6/20(9:29)
「定灯篭(じょうとうろう)」。 安政4年(1857)に建立され、北海道有数の古さを誇る という、灯台を復元したもので、高さ1.3m、幅40cmの
青銅製。 写真をクリックすると「定灯篭」の部分を切り抜いた
画像が表示(600x450)されます。 |
2013/6/20(9:32)
「太田山大権現」の案内板。 写真をクリックすると案内板の説明部分が 拡大表示(800x600)されます。 |
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2013/6/20(9:33)
「太田神社 拝殿」。 社号標には、「村社 太田神社」とある。 写真をクリックすると拡大写真(600x450)が 表示されます。 |
2013/6/20(9:33,9:35)
「旧道」と「追分ソーランライン完成予想図」。 旧道は、「帆越山トンネル」の開通により閉鎖されている。
「追分ソーランライン」は、函館-小樽間の日本海側を走る道であるが、せたな地区は国道229号線が
本来の経路となっており、「太田神社」の前を通る北海道道740号「北檜山大成線」は、裏ルートなのであろう。
この北海道道740号「北檜山大成線」は、着工以来長年に渡り交通不能区間があり、「太田神社」のすぐ先で 通行止めになっていたのだが、最後の北檜山区新成と大成区太田の間5.6kmが、着工から55年後となる、 この年(平成25年(2013))の4月に開通。北海道せたな町内の日本海側34kmが一本の道路で結ばれた。
このため、この北海道最西端(尾花岬)の道を走ってみたのだが、「尾花岬」は、トンネルの中を走っている間に 通過しているようであり、その姿を確認することはできなかった。
そこで、ここ「太田神社 拝殿」から見る「尾花岬」を紹介する。 右の写真をクリックすると「太田神社
拝殿」から見る「尾花岬」が表示(600x450)されます。 |