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2010/5/14(10:52) 「溶解爐」。 徳川斉昭(烈公)が、市内神崎に大砲製造所を設け、 大砲を鋳造した際に使用したもの。 |
2010/5/14(10:53) 「義公鑽仰碑」。 昭和45年、明治百年記念事業として建てられる。 |
2010/5/14(10:53) 「火薬壷」。 非常の際に使用する火薬を保存した壷で、 昭和6年水戸城址から発掘された11個の内の 3個とある。 |
2010/5/14(10:54) 「知足の蹲踞」。 本物は、石庭で有名な、京都の「龍安寺」にあり、 徳川光圀(義公)の寄進と伝えらる。 蹲踞(つくばい)とは、「茶室に入る前に 手や口を清めるための手水を張っておく石」のこと。 水の溜まる四角の部分を「口」と見ると、 書かれている文字は、上から右回りに「吾唯足知」で、 「吾唯足るを知る」となり、説明版には 「有れば則ち有るに随って楽ショし、 無ければ則ち無きに任せて晏如たり。 徳川光圀(義公)御生前の人となりがしのばれる」 とある。(パソコン上に表示できない文字をカタカナで 記述しています) |
2010/5/14(10:56) 「常盤神社社殿」。 明治初年、偕楽園内に祠堂が創立され、 明治6年(1873年)、勅旨をもって「常磐神社」の 社号を賜る。比較的、近代に建てられた 新しい神社といえる。 明治7年現在地に建てられた社殿は、 昭和20年8月戦災により焼失。 現在の建物は、昭和34年に建てられたもの。 |
2010/5/14(10:57) 「常磐稲荷神社(末社)」。 社殿に向かって右にある。日本神話に登場する神 「宇迦之御魂命」を祀る。 |
2010/5/14(10:59) 「三木神社(末社)」。 社殿に向かって左奥にある。 「三木之次(徳川光圀育ての親)」と 「三木武佐」を祀る。 |
2010/5/14(11:00) 「手水舎」。 境内西側「東湖神社」の入口近くにある。 |
2010/5/14(11:01) 「東湖神社(摂社)」。 境内西側にある。江戸時代後期に活躍した 水戸藩の政治家「藤田東湖」を祀る。 |