鋸山(日本寺)

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2010/2/3(13:54)
「東口管理所」から「日本寺」の中に入る。
「日本寺」は、関東最古の勅願所(天皇の命令に
よって国家鎮護・玉体安穏などを祈願する社寺、
天皇の祈願所
)で、正しくは「乾坤山 日本寺」という。
2010/2/3(13:57)
「薬師本殿 医王殿」
この建物は、日本寺の本尊「薬師瑠璃光如来」を
祀る。「日本寺」は、昭和14年登山者の失火により、
貴重な国宝、仏像等を失っており、
この建物も平成19年に再建されたものである。
2010/2/3(14:05)
「大仏 薬師瑠璃光如来」
総高31.05m。大仏さまの体だけでも高さが、
21.3mあり、日本一の「大仏さま」である。
原型は、自然の風蝕による崩壊で、昭和44年に
再現され現在に至る。
2010/2/3(14:09)
「大仏前参道」を「大仏口管理所」に向け歩く。
2010/2/3(14:13)
「大仏口管理所」の近くにある「弘法大師護摩窟」。
この先、山頂に向け階段が続く。
2010/2/3(14:23)
「十州一覧台」手前の階段。

2010/2/3(14:30)
「十州一覧台」から見る景色。
眼下は「金谷港」。「金谷港」の先には「久里浜」に向けて走る「東京湾フェリー」と「三浦半島」の姿も見えている。

2010/2/3(14:26)
「十州一覧台」にある「浅間神社」と
「世界救世教記念碑」。

2010/2/3(14:38)
「百尺観音」
高さ約30m。6年の歳月をかけ、石切場跡に彫刻。
昭和41年に完成とのこと。
2010/2/3(14:44)
「山頂広場」手前の階段。

2010/2/3(14:47)
「山頂広場」近くで見る「地獄のぞき」。
オーバーハングになった岩の上には、
手すりが設けられ、展望台になっている。
2010/2/3(14:53)
「地獄のぞき」から下を見る人。
先が低くなった斜面で、手すりがあっても、
かなりのスリルである。
「山頂広場」にて撮影。
2010/2/3(14:57)
「山頂広場」にある「展望台」
地図を見ると「鋸山(標高329.5m)」の山頂は、
この場所から500mは東にある。
正確には「日本寺」の「山頂展望台」であろう。

2010/2/3(14:55)
「山頂広場」から見る「保田」方向の景色。沖合いに浮かぶ小島は、勝山沖にある「浮島」。

2010/2/3(15:01)
「西国観音」。「山頂広場」を南に下りた所にある。
この先は、「千五百羅漢道」と呼ばれ、上総桜井(現在の木更津市)の名工、大野甚五郎英令が門弟27名とともに
生涯をかけて刻んだ1,553体の石仏が並ぶ。

2010/2/3(15:13)
「通天関」「百躰観音」「あせかき不動」
「甚五郎の墓」と続き、写真は「宝筐印塔」の
隣にある「日牌堂」。
2010/2/3(15:20)
石仏は、よく見ると各々違う表情をしている。
写真は、二人で話をしているようでユーモラスである。
2010/2/3(15:20)
「維魔窟」。左の写真は、この中で撮影。
「維魔窟」の上には「聖徳太子像」もある。
この後「天台石橋」を渡り、「大仏前参道」を通り、
「東口管理所」へは、15:37到着。
「日本寺」の中をのんびりではあるが、
一通り見て歩いた時間は、1時間40分程であった。

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